カロリー制限による老化制御と健康寿命の延伸

ヒトは加齢と共に身体機能が低下し、がん、心血管疾患、認知症などの病気にかかり、最終的には死に至ります。この加齢に伴う身体の劣化現象を老化と呼びます。実験動物の老化を遅延し、寿命を延伸する最も単純な方法は、摂食エネルギーを制限することです。もちろん、必要な栄養素は摂らなくてはなりません。この方法をカロリー制限あるいは食餌制限と呼びます。線虫、マウスからアカゲザルまで、広範囲な実験動物において、自由に摂食させた群に対して、カロリー制限群は様々な老化現象が遅延し、寿命が延伸することが示されてきました。図1は、長崎大学医学部において行われたマウスの寿命研究の結果を示しています。自由に摂食したマウスに比べて、摂食カロリーを30%制限したマウスは、有意に寿命が延伸しています。例えば、生存率0.250(集団の3/4は死亡し、1/4が生存している週齢)では、自由摂食群の寿命は144週、カロリー制限群は192週です。つまり、33%も寿命が延伸していることがわかります。寿命の延伸だけではなく、がんを含む様々な疾患を抑制する効果もわかっています。図1に示した寿命研究では、自然死したマウスの病理学的検索を行うと、自由摂食マウスの94%は悪性リンパ腫などのがんに罹患していましたが、カロリー制限マウスでは、16.7%にとどまりました。

2年間の実験的な試行では、標準的な体格(つまり肥満ではなく)で健康なヒトにおいても10-20%のカロリー制限は安全に行うことができることも報告されています(文献1、2)。繰り返しますが、必要な栄養素を摂取した上での話です。ヒトの寿命への影響は不明ですが、心血管系疾患のリスクファクターの変化などを見ると、健康寿命の延伸にはつながると予測されています。ところが、多くのヒトにとって摂食カロリーを長期間制限することは、とても難しいことです。ダイエットに挫折し、リバウンドを経験した方は理解できると思います。動物は、進化生物学的に過食するように遺伝子がセットされています。食物が豊富な時に過食し、脂肪として体内に蓄え、食物資源が枯渇する時に、脂肪を分解して生き延びなければ、自然界を生き抜いていくことができなかったからです。皮肉なことに、過酷な自然界を生き延びるために獲得した形質が、食物が豊富な現代社会では、肥満や生活習慣病を引き起こします。

カロリー制限をしなくてもカロリー制限と類似した効果をもつ化合物や薬剤があれば、老化を遅延できるかもしれません。このような物質をカロリー制限模倣物(Calorie restriction mimetics, CRM)と呼びます。私たちは、CRMの探索と機能評価を行うために、合同会社SAGLを設立しました。大学や研究所と共同研究を行うことによって、老化が進行するメカニズムを深く理解し、老化制御の方法を臨床応用することを目指しています。そして、高齢化社会におけるヒトの健康寿命の延伸に寄与したいと考えています。

共同研究